韓国抗議団の暴挙に対する対馬島民の戦い


 じわじわと「韓国化」されつつある国境の島・対馬の現状に対して、島の内外に警告を発し続け奮戦している現代の防人(さきもり)≠ェ対馬にはいる。視察団の案内役を買って出て下さった友納徹氏、長郷照美氏、芳村昭美氏である。
 今年七月二十三日、韓国退役軍人が対馬に乗り込み、対馬市役所前で「竹島を日本領土だとする主張について即時謝罪と撤回」を求めて抗議活動が展開されることを事前に知った三氏は、かかる韓国抗議団の暴挙に対処すべく急ぎ準備に取りかかった。
 芳村氏はインターネット等あらゆる媒体を駆使して韓国抗議団の行動予定の情報を収集した。その中で韓国抗議団が出そうとしているハングル語の抗議声明を入手した。韓国抗議団はハングル語しかできず、日本語を話せるものがいないようで、対馬市役所前でハングル語抗議声明が出されても、市役所職員もマスメディアも何を主張しているか分からないだろう。これではマスメディアが取り上げにくくなると推測し、韓国抗議団の抗議声明文を和訳したものを用意し、さらにその抗議声明に対しての反論を付け加えた。竹島が日本の領土である歴史的事実を適切にまとめた対馬住民から韓国抗議団への反論である。芳村氏は、夜を徹してそれらの文書作成を行った。
 七月二十三日当日、韓国抗議団二十一人は対馬市役所前で抗議活動を展開した。彼らは「独島は我々の島だ、日本が竹島の領有権を主張するのは侵略行為」と書かれたTシャツを着用し、「日本が竹島領有の主張を撤回しないなら、対馬は韓国領土だと主張する」と宣言し、横断幕を掲げた。さらに抗議団は韓国国歌を歌い始め、韓国国旗を身にまといながらバリカンで頭を坊主にし始めた。さらに指を噛みちぎって血で韓国国旗にハングル語で「独島は韓国領土」と書いた。その血は歩道にしたたり落ちていたという。
(我々も今回その場所に案内頂いたが、小さな柵を隔てて厳原幼稚園に面する場所であった。幸い幼稚園は夏休みだったと言うが、父兄はテレビなどでその光景を見ているだろう。)
 この韓国抗議団の暴挙に長郷氏は「韓国は間違っている!」と日の丸を掲げて抗議の声を挙げた。友納氏も、芳村氏が徹夜で作成した「韓国抗議団の声明書とそれに対する抗議文書」を報道陣と韓国抗議団に手渡し、「あなた達の言っていることは間違っている。対馬は日本の領土だ。帰れ!」と毅然と抗議した。その両氏の姿勢に勇気を得て、周囲に集まっていた対馬島民からも「帰れ!帰れ!」との声があがったという。
 さらに韓国抗議団に対して友納氏が「血が歩道にしたたり落ちている。拭いて帰りなさい。バリカンでそった毛も落ちている。一本残らず拾って帰りなさい!」と叫ぶと、対馬島民の迫力に押されてか韓国抗議団は、血を拭き、毛を拾い始めたという。「あれだけの抗議活動を展開しておいて掃除をし始めるとは…。おそらく韓国から対馬住民とはトラブルを起こさないようにと指示が出ていたのだと思います」と友納氏は語った。
 韓国退役軍人の暴挙に抗議する対馬島民の姿は、新聞や地元長崎のテレビニュースで放映され、インターネットを通じて全国に配信された。勇気ある三氏の行動によって、韓国人の暴挙を決して許さない日本人の姿が全国に、そして韓国にも示された。現代の防人たちは対馬を守り抜いたのである。しかし、戦いはまだまだ続く。
 友納氏は三氏を代表してこう語った「我々は、七月二十三日を対馬が韓国に公然と侵略された日として明記しなければならない。これまで我々は孤軍奮闘していたが、東京、神奈川、茨城、静岡、大分から多くの同志が対馬まで駆けつけてくださった。大変勇気を与えられた。これからも力をあわせて闘いましょう」。(「日本の息吹」平成二十年十月号初出)






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